大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)259号 判決 1966年2月15日

理由

第一、本訴について。

控訴人が本件土地建物を所有し、これを使用してメリヤス加工業を営んでいること、本件土地建物について、原判決添付目録二記載の各仮登記が経由されていることは当事者間に争がない。

被控訴人は、「右仮登記は、被控訴人と控訴人との間において被控訴人の有する貸金債権につき本件土地建物を譲渡担保に供する旨の契約を締結し、右契約に基づいて登記されたものである」と主張し、控訴人は、「右貸金および担保契約は訴外金子省之が控訴人の名を冒用して被控訴人と締結したものであるから、控訴人に対し効力を及ぼすいわれなく、従つて右仮登記も無効である」と抗争する。

よつて審究するに、《証拠》を綜合すれば左の事実を認定することができる。

訴外金子省之こと黄俊栄は、控訴人とは同国人(韓国人)でかねて知合の間柄であるが、昭和三三年春頃控訴人からその営業に使用するメリヤス機械購入の資金に充てるため当時金子の住んでいた滋賀県下で本件土地建物を担保に低利の金融を受けて欲しい旨依頼され、本件土地建物の権利証も預けられたので、控訴人の右希望に従い一カ月あまり奔走したが、結局失敗におわつた。そこで、金子は同年六月上旬頃控訴人の承諾のもとに金融業東洋商事(被控訴人の息子が営業主)にいたり、前記権利証を示して六七〇万円の融資を求めた結果、右申込については、被控訴人が息子からたのまれて被控訴人において貸出をすることになつたが、その際金子が控訴人の代理人の資格で来たことを明かにしなかつたので、被控訴人側では金子が権利証の名義人である控訴人本人であると思い込んでいた。そのため、数日後、被控訴人とその息子が本件土地建物の実地見分に赴き控訴人に出会つた際にも控訴人を番頭位に考えてあいさつをした。しかるに、控訴人は、被控訴人側の誤解をとかず、かえつてこれに調子をあわせ自ら福田富成の使用人(工場長)であつて本件建物に住んでいるが、福田は他に住居をもつており本日は来ていない旨述べて応待したので、被控訴人側ではすつかりそのように信じ込んだ。その結果、控訴人側もぬきさしならぬ状態になり、今さら真相を明らかにすればかえつて被控訴人側に疑念をもたれ順調に進んでいる取引が挫折する恐れもあると考え、控訴人、金子両名相談のうえで、あくまで金子を控訴人本人に仕立てて被控訴人側を欺きとおすこととした。

かくて、金子は、昭和三三年六月一六日控訴人の委任を受けその実印を預かり自ら控訴人と称して被控訴人との間に、(一)控訴人は被控訴人に対し現在および将来負担する債務を担保するため本件土地建物を被控訴人に譲渡する、(二)控訴人は、被控訴人の本件土地建物の所有権保全の方法として同日付売買予約を原因として被控訴人を権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記をする、(三)控訴人が債務の履行を遅滞したときは、被控訴人に対し右仮登記の本登記手続をなし、かつ、本件建物を明け渡す、(四)右本登記手続を怠つたときは、控訴人は右登記の完了まで一日金二、五〇〇円の割合による損害金を支払う、右明渡し義務を怠つたときも同様とする、(五)控訴人が右本登記および明渡をうけたときは本件土地建物の時価を不動産業者をして評価せしめ、その評価額が債権総額を超過するときはその超過部分を控訴人に返還する、等を約旨とする譲渡担保契約を締結し、同時に金四〇万円を弁済期同年九月二五日と定めて借り受け、被控訴人に対し、控訴人名義で作成した白紙委任状、控訴人の印鑑証明書、同日付控訴人振出名義被控訴人あて金額四〇万円、満期昭和三三年九月二五日なる約束手形一通を交付した。そこで、被控訴人は、翌一七日右担保契約の約旨に従い、右白紙委任状等を使用して本件土地建物につき本件仮登記手続をしたのである。

ついで、同年七月九日控訴人と被控訴人間に大阪簡易裁判所において右担保契約と内容を同じくする即決和解がなされたが、このときも、金子が控訴人に求められて控訴人と称し裁判所に出頭して手続をなし、その後、被控訴人は前同様控訴人の承諾を得た自称控訴人の金子に対し、同年七月一〇日金二〇万円を弁済期同年九月三〇日と定めて貸し付け、同日付控訴人振出名義、被控訴人あて、金額二〇万円、満期同年九月三〇日なる約束手形一通の交付を受け、同年七月二一日金四万八、〇〇〇円を弁済期同年一一月二〇日と定めて貸し付け、同日付訴外日置林蔵振出控訴人あて、金額四万八、〇〇〇円、満期同年一一月二〇日、控訴人の裏書ある約束手形一通の交付を受け、最後に同年八月三日金六万三、〇〇〇円を弁済期を同年一一月三日と定めて貸し付け、同日付訴外香山相乙振出、控訴人あて、金額六万三、〇〇〇円、満期同年一一月三日、控訴の裏書ある約束手形一通の交付を受けたものである。しかして、金子は右借受金のうち、六月一六日の分から金一万円、七月二一日の分から金一万五、〇〇〇円、八月三日の分から金二万五、〇〇〇円を自己の奔走に対する謝礼の意味で控訴人からもらいうけたが、その余の手取金はすべて控訴人に交付し、控訴人においてこれを自己の用途に費消した。

しかるに、その後同年九月中旬にいたり、控訴人は自ら被控訴人方に出向き、さきに控訴人と称していたのは金子省之であつたことを自白し、さらに資金を貸付けてもらいたい旨申出た。被控訴人も、ここにおいてようやく事の真相を覚知したので、さきに金子との間にした貸付を承認するよう求めたところ、控訴人は、右は自己の関知せざるものである旨強弁するにいたつたので交渉は不調におわり、控訴人はその後前記貸付金の弁済期が到来してもその支払をしないまま今日にいたつている。

(反対証拠排斥)

右認定事実によれば、本件金銭消費貸借契約および担保契約においては、訴外金子省之が控訴人の代理人として契約締結の衝に当つたのであるが、その際相手方たる被控訴人に対し自己が控訴人の代理人であることを示さず、かえつて控訴人の指示のもとに自ら控訴人本人として行為したものであることが明かである。しかして、代理人が代理行為たることを表示せず、直接に本人と称して行為することも、本人の承諾さえあれば代理行為の一つの方式として許されるものであると解されるから、右各契約については控訴人が本人としてその責に任ずべきものといわなければならない。してみると、控訴人は被控訴人に対し右各契約に基づき合計金七一万一、〇〇〇円の貸金債務を負担し、これを担保するため本件土地建物の所有権を被訴人に移転し、かつ、右物件のうえに本件仮登記手続をなすことを承諾したものというべきである。

控訴人は、これに対し、右担保契約においては被担保債権の額が確定されていないから全体として無効である旨主張する。しかしながら、右認定事実によれば、右担保契約の約旨は、その締結と同時に金四〇万円が控訴人に貸し付けられ、本件土地建物の所有権が被控訴人に移転され、後日さらに貸付がなされたときはこれを合算して不履行の場合における清算を行う、というにあることが明かである。しかして、根抵当権設定の場合において被担保債権の極度額を確定登記することが求められるのは、抵当権にあつては順位に差こそあれ同一内容の数個の権利の併存が許される結果、対第三者の関係において一の抵当権が把握する担保価値の限度を公示する必要があるからであり、所有権そのものを移転した形式をとる譲渡担保においてはこれを同日に論ずることができない。よつて、本件担保契約において被担保債権の限度額が明示されていなくともこれをもつて無効であるということはできない。

してみると、本件仮登記は正当になされたものというべきであり、その抹消を求める控訴人の本訴請求は、爾余の争点の判断をまつまでもなく、失当として棄却を免れないものである。

第二、反訴について。

前記認定事実によれば、昭和三三年六月一六日、被控訴人と控訴人の代理人金子省之との間に前記のような担保契約が締結され、被控訴人が合計七一万一、〇〇〇円を貸し付けたところ、控訴人が昭和三三年九月二五日を期限とする貸金四〇万円の弁済をなさず、その後弁済期が到来した爾余の三口の貸金合計三一万一、〇〇〇円についても同様その支払をしなかつたことは明かであるから、右担保契約の約旨により控訴人は本件建物を被控訴人に明け渡し、かつ、本件仮登記の本登記手続をなすべき義務がある。

そこで、控訴人の同時履行の抗弁について判断する。控訴人は、本件担保契約に基づく登記義務および明渡義務の履行は、控訴人主張の債権清算残額二一六万九、〇〇〇円の支払と同時履行の関係に立つ旨主張するが、前認定の本件担保契約の内容によれば、被控訴人は控訴人が本件土地建物の明渡義務および登記義務を履行したのちにおいて、はじめて、不動産業者をして物件の価格を評価せしめその評価額が債権総額を超過するときに超過部分返還の義務を負うとされているにすぎず、控訴人の債権清算残額支払請求権はその負担する登記、明渡等義務と同時履行の関係にあるものとは解されない。かえつて、右債権清算残額支払請求権なるものは、控訴人が、その明渡、登記等義務を履行し被控訴人において本件物件の評価をなさしめたときにおいて発生するものであり、現在の時点においては右債権発生の原因たる基礎関係が存在するにすぎず、債権そのものは存しないと解するのが相当であるから、右同時履行の抗弁は失当として排斥すべきものである。

次に、被控訴人は、右担保契約に基づき控訴人に対し前記貸金四〇万円の弁済期の翌々日たる昭和三三年九月二七日から控訴人の登記手続および明渡の各義務履行まで一日金二、五〇〇円の割合による損害金の支払を求め、前記認定事実によれば、右担保契約において被控訴人主張のごとき損害金支払の条項が定められていたことは明らかである。

控訴人は、右損害金の約定は過大のものであり無効であると主張する。よつて、判断するに、被控訴人主張の右損害金債務は右担保契約上は本件土地建物の移転登記債務又は明渡債務の不履行に対する損害賠償額の予定として約定されているけれども、(一)本件金銭消費貸借は被控訴人において高利を収取することを目的としてなされた契約なることが弁論の全趣旨により明かなるにかかわらず貸金自体については期限後損害金の支払について約定された形跡がないこと、(二)被控訴人が本登記および明渡を受けた場合において物件の評価額が債権総額(右損害金債権自体をも含むものと解される。当審における被控訴人本人の供述中にはこれに反する部分があるが、本件担保契約全体の趣旨からみて考え違いと認められる。)を超えるときは超過部分を控訴人に返還するものと約されていること、(三)一日金二、五〇〇円の割合は、本件貸付元金七一万一、〇〇〇円に対し年約一三割の利率に相当すること、等の諸点を考え合せると、右損害金の約定はその経済約実質において貸金に対する期限後損害金にほかならず、利息制限法四条の制限をくぐることを目的として登記明渡等債務の不履行に対する損害金の表現をとつたものと認められる。このように見てくると、被控訴人主張の一日二、五〇〇円(一月約七万五、〇〇〇円)の割合による損害金は、一般取引の観念に照し著しく過当のものであり、かつ、原審における証人金子省之こと黄俊栄、控訴人の各供述によると、控訴人としてはかかる苛酷な約定を甘受してなお利益ありというごとき何等の事情なく、当時他にも多額の借金があつて困窮していたにかかわらず、本件借入金により控訴人使用中の機械の代金を支払わなければ、その売主により機械を持ち去られる危険が切迫していたため右損害金の約定を承認したことが認められるから、かかる約定は暴利行為として民法九〇条に則り社会生活上容認し得べき限度を超える部分については無効となるものといわなければならない。しかして、その限度を決するについては、右損害金がその実質において貸金に対する遅延損害金に外ならないことを参酌し、本件貸金七一万一、〇〇〇円に対する年三割六分(利息制限法四条参照)の割合で算定した金額の範囲内においてのみ有効であるが、これを超える部分は無効であると断ずべきものである。

以上説示のとおりであるから、被控訴人の反訴請求は、本件土地建物につき登記手続の履行、本件家屋の明渡および昭和三三年九日二七日から右各義務の履行完了にいたるまで七一万一、〇〇〇円に対し年三割六分の割合により算定した金額の支払を求める範囲においてこれを認容すべく、その余は失当として棄却すべきものである。

第三、再反訴について。

進んで、当審における控訴人の(予備的)再反訴について考察する。まず、被控訴人は、再反訴の提起に同意しないから、本件再反訴は不適法として却下を免れない旨主張する。しかしながら、控訴審における反訴の提起につき相手方の同意を要するものとした民訴法三八二条の法意は、反訴請求について相手方から第一審の審判を受ける利益を失わしめないことにあるのであるから、相手方から右利益を実質的に奪つたことにならない場合には、相手方の同意を要求するまでもないものと解することができる。これを本件についてみるに、控訴人の本件再反訴請求の趣旨とするところは、前記担保契約に基づき本件土地建物の評価額から貸金および登記、明渡義務不履行による損害金を控除した残額の支払を求めるというにあるところ、その根幹をなす譲渡担保物件による貸金損害金清算の特約については、すでに原審において被控訴人自身から主張がなされ、原判決においてその存否についても判断が下されており、原審において審理がつくされなかつたのは、本件土地建物の評価の点のみであることが記録上明かである。してみると、本件再反訴の請求原因事実については原審においてその大部分の審理が終つており、本件再反訴の提起は被控訴人に対し第一審を失う不利益を与えるものとは認められない。よつて、本件再反訴提起については被控訴人の同意を要しないものと解すべきであり、被控訴人の主張は採用できない。

そこで、本件再反訴の本案につき判断するに、控訴人は被控訴人に対し債権清算残額として金二一六万九、〇〇〇円の支払を求める権利を有する旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠なく、かえつて、反訴についての判断中に説示したように、前記担保契約に基づく控訴人の債権清算残額請求権は現在の時点においてはその発生の基礎関係が存在するにすぎず、権利そのものは未発生の状態にあるものと解されるのである。してみると、控訴人の再反訴請求はその余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例